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「岩間の穴」

東京 六本木。明るい太陽がビルに吸い込まれて消えたあと、昼間より眩い光とざわめきに取り包まれる街。
 その喧騒から少し離れた所にあるオフィスビル群。何の変哲もないビルの9階に「それ」は存在する…。
 従来のトレーニング法、指導法に納得できない、満足できないプロやトップのアマチュア選手たち。その者たちがたどり着く場所……人々は「そこ」を畏敬の念と恐怖を込めてこう呼ぶ。


「岩間の穴」 と。


 と、まあ、仰々しく始めてみましたが、「岩間の穴」というのは、岩間先生を頼ってくるアスリートの方たちが、協会で先生のトレーニングやコンディショニングを受けている時のことをそう呼んでいるのです。(ん?誰が?って聞かないように…)

 今回はそんな「岩間の穴」でのひとコマをお伝えします。

 昨年末から「岩間の穴」に入った女子レスリングの山本聖子選手と、ハンドボール全日本代表の永島英明選手。この2人が年明け早々、やって来ました。聖子選手は昨年膝の故障のため手術を繰り返し、ずっとリハビリと軽いトレーニングを続けていましたが、今のままではダメだと、「岩間の穴」に来たのです。永島選手も足首の捻挫を繰り返し、「筋弱化」によるパフォーマンス低下に苦しめられていたところ、聖子選手の紹介でやって来ました。
 
 前回2人の体の状態をみた岩間先生が、2人ともまだまだ「伸びシロ」がたっぷりある。やればもっと活躍できると断言していたので、2人とも今日はやる気たっぷりでした。いつもなら岩間先生が1人でやるのですが、今回はたまたま矢野先生が帰宅される前だったので、岩間先生が、

「矢野先生、ちょっと聖子さんのトレーニングみていただけませんか?」

と、お願いしました。 すると矢野先生は、

「いや、ちょっとこれからフィットネスクラブへ行って、スクワットやる予定になってるから…」

と、帰ろうとします。しかしここで岩間先生、食い下がる。

「いえ、あの、15分位でも結構ですから…」
「ん~でも……」

なおも渋る矢野先生に、岩間先生が一言、

「今日、聖子さん、殺して欲しいそうです。」

その瞬間、矢野先生の目が


「キラッ ☆」 

と輝いたのです。 
「ん~じゃ、少しだけ…」
と言いながら、まずは状態のチェックからスタート。ここから、鬼のトレーニングが始まるのです。

 岩間先生から、矢野先生のトレーニングは「鬼だ」と聞いていたので、どんな指導の仕方をするのだろう?と、私はワクワクしながら見ていました。アニマル浜口みたいに「気合だー!馬鹿野郎!!何やってんだ!」という様な喝を入れるタイプなのか、それとも「がんばれ!もう少し、そうだ、よくやった!」という様な激を飛ばすタイプなのか?興味津々で見守っていると、矢野先生は、前述のタイプとは全く違ったのです。

 自分で淡々とシャフトにプレートを取り付け、聖子選手に向かって、
「はい、スクワット。限界まで。」
と、普通の声で言うのです。


「限界まで?」  

私はあんまり詳しくはないですが、普通トレーニングする時って、「ハイ、これ10回」とか言うもんじゃないんですか?それも、結構重いウエイトですよ。「え?」 という顔をする聖子選手に対して、先生はいつもの自然体で「さぁ、いきましょう。」と静かに言いました。

 何回やるのか決まっていない、これはまさに自分との闘い。数回繰り返すうちに聖子選手の表情が、「まだ?」と言いたげな(私の主観です)顔に変わってきました。しかし矢野先生は、ビクともしない。大声を張り上げるでもなく、静かに補助をしています。ようやくそろそろ限界だな、というところで「はい、あと5回」と声を出したのです。1セット目が終わってへたり込む聖子選手。矢野先生は、いつもの調子で
「こんなのでハァハァ言ってたら世界なんて獲れないですよ。」
と、笑いながらプレートを増やしていました。矢野先生によれば、女子でもスクワットで150㌔ぐらいはできなければ、とても選手として闘えないとのことです。増えたウエイトに不安がる聖子選手に対して、
「選手なんだから、これ位できなきゃどうしようもないですよ。」
と、静かなお言葉。聖子選手、気持ち入れなおして2セット目突入。

 3セット目の前にプレートが少しはずされました。はずしながら矢野先生、
「さぁ、最後ですが申し訳ない。ちょっと楽なのをやってもらうことになります。」
と、すまなそうな顔で聖子選手に話します。しかし始まってみたらこれが大違い。パラレルスクワットで起き上がるときに膝が伸び切る直前で止め、休まずそのままスクワット続行。そのままずっとその繰り返しで、終わった時には聖子選手、ヘロヘロでした。そして一言、

「楽なのをやるって言われて、本当に楽になるのかと思ったら、すごい大変だった…。」

矢野先生はそんなに「甘く」はないのです。


 一方、今回永島選手につきっきりの岩間先生。ソフトギムを踏みながらの自体重でのスクワットで汗だくになった永島選手を呼んで、次はベンチプレス。60㌔なのでそんなに大変じゃないなと見ていたら、上からどっかと両手で押してました。

「ほらぁ、上げる時はパッと上げて、下ろすときゆっくり!」

と声をかけてますが、永島選手は顔真っ赤。必死でやってます。岩間先生、そーとー押してますよ、あれは。やがて永島選手から声が出始めました。

「うぉ~っ!」  「ぐぁ~っ!」  「がぁ~っ!」

傍で矢野先生とトレーニングしていた聖子選手も、バーベル上げながらついに、


「助けて…」  と。


 それで緩むような矢野先生ではないのは、みなさんご承知でしょう…。

 こうしてきれぎれの息づかいと、獣のような叫び声の中、「岩間の穴」は延々と続くのでした。私は思いました。静かな鬼は怖い、と。

 結局矢野先生は最後までお付き合いしてくださいました。聖子選手がまだリハビリから本格的なトレーニングをしていないということで、今回は控えめに(!?)やったそうです。と、いうことは、今後これ以上の、さらなる鬼が現れるということでしょうか? 「いやぁ~、クラブに行くつもりだったのになぁ。」 と言いながらも結構楽しそうに見えた後姿は、何を暗示しているのでしょう?

 

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