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ベースボールにおけるホリスティック・コンディショニング

Ⅰ ベースボールと機能障害
原因なくして結果なし
 ベースボールはチーム・スポーツである。一人二人が絶好調でも、チャンスを活かせず勝機を逸するゲームは、あまりにも多い。チーム全体の好不調に勝敗が左右されるといってよい。だが、投手の体調:コンディションに大きく左右されるスポーツでもある。
 プロ野球においても、明らかに体軸がとれないバッターの打順が続いていたり、頚椎などに機能障害 ( 機能不全、機能異常ともいう ) のある投手が先発するなど、技術面から分析する競技パフォーマンスよりも、コンディショニングの面から分析すると、その優劣が明確になるケースが少なくない。チーム力は、コンディショニングの観点から焦点を当てる必要性がある。
 例えば、頚椎機能障害の在る投手が、たとえ完投勝利を挙げたとしても、その機能障害が全身の各部位に及ぼす今後の悪影響を考えた場合、明確な肩や肘などの 『障害』 を来たす前に、再度ベスト・コンディションで臨めるように調整することこそが、結果としてチーム力全体の向上につながることは間違いないであろう。


バッターにおける機能障害
その1:骨盤帯機能障害の例
 よく言われる言葉に、「 あのバッターは、腰の開きが早過ぎて、タメが出来ないスイングに陥っている 」 ということがある。どういうことなのか。
 骨盤は、左右の寛骨 (腸骨・坐骨・恥骨で構成される) と仙骨より成る。この中で、左右にある腸骨の片側が外回旋、他方が内回旋の動きに可動性が制限されている状態が多く (本来、外内の両回旋の可動性が必要)、骨盤及びそれに連動する上半身 (体幹) や股関節―脚部―足部の連携・連動動作が、骨盤の動きに振り回されて、理想とする動きを造れないことに起因する。
 この場合、骨盤帯の

□ 運動制限を及ぼす筋群の機能的バランスを確保する。
□ 仙腸関節の機能障害を取り除く。
□ 股関節を正常で機能的なポジションンに安定させるため、股関節の可動性に関わる筋群の機能的バランスを確保する。

などのアプローチで問題を解消しない限り、そのバッターは体軸の崩れたポジションでスイングする傾向が強まり、トリック・モーションを起こし、やがては神経‐筋機能の非機能的なコーディネーションを形成する悪循環へと陥っていく。この場合、

□ 素振りを繰り返しても、身体コンディションの機能障害が解消されない限り、スイングの改善は望めないことになる。
□ コーチがどのように指導しても、身体の機能障害の問題であるから、身体の筋・関節機能は解消されないし、バッティング・フォームの改善は望めないことになる。

その2:手関節機能不全の例
 本人の自覚症状がないまま放置される典型例のひとつに、手関節機能不全がある。バッティングのミート確立を上げるには、動体視力で捉えたボールをヒットするために、手-前腕部-上腕部の連動動作がスムースに機能しなくてはならない。だが、多くの選手が手首の機能障害を持っている。そのため変化球に対応できないなどの問題を抱えることになる。
 これは同時に、手関節の対角となる足関節の問題に連動するものであり、足裏に関わる固有受容器の機能はまた、全身に及ぶパワー発現に関わる大きな問題でもある。


ピッチャーにおける機能障害例
その1:投球フォームの崩れ
 肩の機能性に大きく関与するインナー・マスル (棘上筋、棘下筋、小円筋及び肩甲下筋) は、投手などのオーバーヘッド・アスリートでは重要な働きをする。だが、頚椎機能障害などにより、これらの筋群が弱化して肩の機能的運動制限を来たすが、繰り返される投球運動によって、肩にオーバー・ストレスをもたらすケースが最も多い。
 インナー・マスルは、肩関節 (肩甲上腕関節) における上腕骨頭を、関節窩の適正なポジションに保持することで、

□ 機能障害を防ぐ。
□ 筋弱化による投球スピード低下を防ぐ。

などに直接関与する。
 このことから、多くの選手がインナー・マスルを強化しているが、運動効率や運動機能などの点で、問題を内包している例が少なくない。特に問題となる頚椎機能障害に伴う筋弱化の原因は、明確にしなくてはならないであろう。

 なぜ、頚椎不全の問題が在るのか。なぜ、頚椎にストレスがかかっているのか――と分析すると、『足関節』 や 『股関節』 『仙腸関節』、あるいは 『頭蓋』 の呼吸機能不全などの問題点が浮かび上がる。さらに分析をすすめると、内転筋機能障害 (左右アンバランス) に起因するトリック・モーションから派生しているなど、様々なケースがある。
 原因がつかめれば、対処はできる。適切な頚椎へのストレッチングでも問題の解決手段となることも多い。

写真1 頚椎の整体ストレッチ
   

 ピッチングにおける多くの問題は、技術的な問題よりも、コンディショニングの問題である。機能低下を来たしている限り、いくらコーチが 「こうしろ!」 「ああしろ!」 と指導したところで、問題は解決しないであろう。

その2:コントロールの乱れ
 コントロールを乱す要因は多々あるが、例えば、指のボールへの引っかかり能力が低下しているようなケースでは、指の動きに関わる主働筋群及び拮抗筋群の機能回復を図ることが、試合時では先決となる。
 また、試合前コンディショニングとして、スナップ動作を強化する動きの改善など、個々のケースにあったアプローチを行うことが求められよう。

写真2 手首スナップ強化例
  


守備や走塁における機能障害例
 守備や走塁には、当然技術的な問題が大きく関与するが、身体コンディショニングの観点から捉えてみると――
 サードを守る選手は、バッターの 『スイング』 『音』 などに瞬時に反応して、球際への体勢を始動する。このとき、体軸不正のコンディションであれば、反応動作は低いものとならざるを得ない。このことは、文章で説明することは困難であるが、体軸のとれたハイ・レベルのコンディションを保持していると、全身の筋反射が高まり (神経-筋能力が高まる)、静止ポジションからの筋収縮時間が短縮され、全身に伝わる連動連鎖機能が向上する。
 このようなことは、目で見て認識することが困難であるため、指導現場ではほとんど注目されるものではないが、全ての機能障害から開放され、筋弱化を来たすことがなくなれば、さらにその上の運動能力の 『質』 を高めるアプローチに、適応することができるようになる。


Ⅱ パフォーマンス向上の基礎
フィジカル・ベースの確立
 ホリスティック・コンディショニングの神経‐筋アプローチでは、まずフィジカル・ベース (基礎体力) をしっかりと確立することが、十分な神経-筋機能を発揮するための前提となる。
 例えば、投げる動作の筋群をローテーター・カフ (回旋腱板) で考えると、主働筋となるのは肩甲下筋で、拮抗筋群は棘下筋、棘上筋、小円筋となる。いくら主働筋を強化しても、拮抗筋群が弱ければ主働筋の働きも制限されてしまう。また、いくら拮抗筋群が強くても、主働筋群に問題があれば肩の機能は制限されてしまうことになる。
 このことは、本来的に強くない筋群の促通刺激 (筋の出力を上げること) によって、投げる動作を高める抑制機能を取り払うような神経-筋アプローチを用いる場合、運動能力を高めることは可能であるが、フィジカル・ベースが不十分では、関節や筋などへのストレスに耐えられず故障の原因となってしまう。言い換えれば、フィジカル面の充実が競技パフォーマンス向上の前提条件となるのである。

 だが、多くの解説書で示されるエクササイズの方法は、ピッチングにおける筋の特異的運動能力強化に十分に機能させ得るものではない。例えば、外旋筋群の特にピッチングのブレーキング・マスルとして働く棘下筋などは、エクセントリックな筋収縮機能の強化を図らねばならない。これは、簡易に筋力強化で行われるチューブなどの強化エクササイズだけでなく、ダンベルあるいはパートナーによるネガティブ・ワークの必要性を示すものとなる。短縮性筋収縮 (コンセントリックス:ポジティブ・ワーク) と伸張性筋収縮 (エクセントリックス:ネガティブ・ワーク) とは機能が異なるので、エクササイズも特異的な機能に適応したものとしなくてはならない。

写真3 棘下筋のスロー・ネガティブ・ワークの実際
  
 
 同様に、ピッチングにおける踏み込み脚や股関節―骨盤の回旋筋群なども、主働筋群のみの強化に眼が向きやすいが、逆動作――拮抗筋群の強化エクササイズの強化が、競技能力向上には重要となる。また、主働筋群においても、対側の同筋群 (例えば、右大腿四頭筋に対しての左大腿四頭筋) の筋力バランスなどが崩れると、互いに連動して筋弱化の原因となってしまう。このように、競技パフォーマンスを向上させるには、特異性と機能的筋バランスを考慮したエクササイズを組み込んだプログラムを処方しなくてはならない。
 これによって、神経‐筋能力を促通 (筋の出力を高める) する各種のアプローチが活きてくるのである。投球動作の最高速度を高める刺激やスナップを効かせる刺激を入れて、コントロールを修正することなども可能となってくる。


対角・螺旋動作の強化 
 通常行われる筋力強化エクササイズは、ほとんどが直線的な動きの強化となる。例えばレッグ・エクステンションやレッグ・カールなどは、膝関節を軸にした下腿の回転運動であるが、両者とも下腿のねじれ動作はないし、たとえねじれ動作を行ったとしても、ねじれに対して直接抵抗負荷を与えるものではない。同様に、ベンチ・プレスにしてもショルダー・プレスにしても、ねじれ動作は入らない。また、ダンベルやケーブル系のエクササイズで抵抗負荷をかけて、手首をねじる螺旋動作で行ったとしても、ねじれ動作に直接抵抗をかけるものではない。
 ところが、投球動作を考えれば理解しやすいと思われるが、脚から体幹 (胴体)-肩―上腕―前腕―手首―指までと、全ての動作には回旋のねじれ動作を伴っている。しかも、身体はねじれ動作に対しては驚くほど筋の収縮力は低下している。筋出力が低下することには様々な要因が関与するが、まず第1に螺旋動作 (ねじれ) への強化が為されていないことが挙げられる。前述したように、直線動作での強化主体である限り、ベースボールも含めた全てのスポーツの本質的動作となる螺旋への、特異的対応能力が不足してしまうことになる。
 一部のマシーンには、ねじれ動作を強化できるものがあるが、基本的にこの螺旋動作を強化するには、マン・ツー・マンでのマニュアル・レジスタンスで行うことになる。その一例を紹介する。

写真4・5 マニュアル・レジスタンスの一例
    


部位強化から動作強化へ 
 バット・スイングのパワーを向上するためには、脚部から体幹―上腕―前腕―手首と、それぞれの関連筋群を主体に強化することになろう。例えば、右バッターの左肩部を考える場合、

□ ショルダー・プレス (ベーシック・エクササイズとして)
□ サイド・レイズ (拇指上で強化/小指上で強化)
□ ベントフォワード・サイド・レイズ (拇指上で強化/小指上で強化)
□ サイドライ・ショルダー・ローテーション (各角度で)

などを適宜組み込んでプログラムされる。これに、上腕部の主働筋群エクササイズとして (拮抗筋群エクササイズは略)

□ ラットマシーン・プレスダウン/フレンチ・プレスなどのベーシック・エクササイズ
□ ケーブル・サイド・エクステンション・エクササイズ (各関節角度、各リストで)
□ ワン・アーム・ダンベル・スーパイン・トライセプス・プレス (各関節角度、各リストで)

などが、状況に応じてプログラミングされる。また、前腕部の

□ リスト・カール
□ リバース・リスト・カール

のベーシック・エクササイズに加えて、

□ 各関節角度でのリスト・ローテーション・エクササイズ

など、変化球に対処できるバット・コントロールを可能とするためスペシフィック・エクササイズを、バッターの実状に合わせて組み入れることになろう。
 しかし、このような部位別の強化は、最終的にバッティングに関わる全身の連動・連鎖機能を向上する強化刺激によって、より神経‐筋レベルに高度に反応し、バッティング・コーディネーションが高まることになる。
 言い換えれば、各部位を強化することで、ベースボールでの実際の技術練習の中で、その能力に見合った神経‐筋コーディネーションを培っていく、という従来のアプローチだけでなく、ベースボール特有の 『動作』 そのものを強化するエクササイズを組み込むことで、

□ より高度な技術を吸収できる専門能力が高まる。
□ 各筋群のチェックでは気づかない筋弱化の問題が、専門動作の中で見出される。

ということになる。一例を挙げて説明する。
 ボールのインパクトの瞬間には、左肘の伸展に伴い、左外腹斜筋/右内腹斜筋が強く働き、同時に左右の脊柱起立筋群や小さな回旋筋群など、体幹の回旋動作に関わる様々な筋群と、骨盤回旋に関わる股関節周囲の筋群及びその動きを安定させ、脚パワーを全身に伝える内転筋群や殿筋群などを含む脚部―足部の全身連動動作がスムースに行われなくてはならない。この連動性 (キネマチック・チェインという) をより高度に鍛えることが、重要な要素となる。
 だが一方で、片側の内転筋群に問題があれば、それはその連動性に関与する全ての筋群にマイナスの反応を及ぼすことになる。つまり、インパクトのパワーが低下する。股関節がしっかりと安定しないことは、すべてのコーディネーションを狂わし、高い技術を獲得している選手であっても、体軸を崩し、その機能低下の影響は、恐らくバッターの選球眼 (動体視力) にまでマイナス反応をもたらすと考えられる。
 ピッチャーでは、このような一部筋群の強化不足がもたらす問題は少なくない。投球という連動連鎖性の運動動作では、代償作用すなわちトリック・モーションを生み、本来持っていたコーディネーションとは異なる身体の使い方 (筋収縮) が、微妙なボール・コントロールに反映され、コントロールを乱していくことになる。
 このような面を少しでも排除するには、動作強化を通じて、筋出力を常にチェックすることで対処が可能となる。また、次に述べる体軸不全を通じて、問題が悪化する前に、事前対処が可能となるであろう。

写真6 動作強化の一例
    


Ⅲ 競技パフォーマンスの促通強化例
 バッティング、ピッチング、ランニングにおける筋弱化・機能障害をチェックすることで、伸び悩んでいた原因や故障の要因、さらには潜在的な能力がありながら、機能障害を抱えているために十分なパワーを発揮しえない選手を評価するハイ・レベルのアプローチに触れておきたい。

体軸不全にみる機能障害をチェックする
 体軸が正常でないということは、単に関節が動かしやすくなったというのではなく、何らかの 『筋弱化』 が在るということを示している。そのことは、全身の動作に何らかの悪影響を及ぼしていることでもある。
 体軸不全は、通常

□ 深呼吸により筋弱化を示す。
□ エネルギー・ラインを斬られると、筋弱化を示す。

などがあるが、文章で認識するのは難しいと思われる。体感することで、問題を感知されよう。


問題点を修正する
 体軸不全の修正方法は様々であるが、ここでは最も簡易かつ効果的なアプローチを紹介する。

※方法※
 選手をしゃがみ込ませて、コーチは両肩に手を置いて、垂直圧をかける。この圧に対して、選手は

□ 骨盤を正常なポジションにして抵抗する。直後にリラックスする。
□ 腰椎を正常なポジションにして抵抗する。直後にリラックスする。
□ 胸椎を正常なポジションにして抵抗する。直後にリラックスする。
□ 頚椎を正常なポジションにして抵抗する。直後にリラックスする。

写真7 軸圧
   


 この他にも体性反射機能を刺激して、動作強化の刺激を入れるなど、様々なアプローチが在るので、選手のコンディションに応じて対処することになる。

対処例
   


執筆 矢野 雅知 
写真提供 「ホリスティックコンディショニングNo.1」 スキージャーナル社