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ホリスティック・コンディショニングにおける

エクササイズ実施時のアプローチ


著者註:
 この原稿は、『コーチングクリニック』 誌 (ベースボールマガジン社) 2005年12月号から翌年2月号まで、 3回にわたって連載予定のものです。(05年10月現在)
 この内容は、『ホリスティックコンディショニングNO.2(下巻)』 (できるだけ早く出版予定) の第1章にあるものです。ホリスティックコンディショナーの現場における実際のチェックの観点が、他の一般的なトレーナーやコーチの方々と相違する、ということを知ってもらいたいと思い、公開するものです。

≪ スクワットその1 ≫

 ホリスティック・コンディショニングの運動指導現場におけるアプローチが、競技スポーツ界や一般のフィットネス分野に浸透してきている。そのためなのか、テレビ画面を通して映し出される、アスリートの問題点を分析する方が増えてきて、
「あの選手は、右脚のパワーラインがブロックされていて、このままでは膝の故障を起こすのではないか。」
などの会話が飛び交うようになってきた。これが発展すれば、故障する前段階で問題を除去してやれるようになるので、その選手は良好なコンディションが維持されよう。
 しかし現実においては、「痛み」 や 「違和感」 を選手が訴えるまでは放置されるケースが実に多い。故障してはじめて、専門のケアに関わるトレーナーやドクターのアドバイスを受けることになる。問題は、医師が 『○○障害』 『○○症候群』 などの診断を下す以前の、機能障害を示している段階で対処できるか否かにある。
 正常ではないが、明確な障害と認識されない段階の機能障害 (軽度から重度まで) は、トップアスリートを含む大多数の人にある、といってよい。私は数多くのアスリートに接してきたが、ほとんど問題はないといえるケースは、ごく僅かであった。
 つまり、機能障害をそのまま放置していれば

・いずれは傷害 (外傷・障害) を誘発する可能性が大きい。
・運動効率が低下するので、トレーニング効果が小さいものとなる。
・機能障害は筋弱化を伴うので、スポーツにおけるパフォーマンスが低下する。

ということになる。
 いや、最も問題となるのは、オーバートレーニング症候群に陥ってしまうことであろう。コンディショニングに関わる指導者にとって、この事態は避けねばならない。副交感神経系のオーバートレーニング症候群からの回復には、長期間の回復コンディショニングが必要となるからだ。
 ホリスティックコンディショナーとして現場で活躍しているレベルの方であれば、動作分析などを通して、筋弱化を示す機能障害をチェックして、悪化する前に対処していくであろう。直接副腎などにアプローチして、機能障害を常にチェックして、問題があれば対処するであろう。例えば―――

 投手のコントロールが乱れるのが、踏み込み脚の膝関節機能障害にあれば、『なぜ膝に問題があるのか』 『膝に対応する肘に機能障害はないのか』 『その原因は骨盤を安定させる縫工筋弱化が誘発しているのか』 『その原因は、副腎機能障害が在るからなのか』 『そうであれば、なぜ副腎にストレスがかかっているのか』 などを探れば、問題の所在は見つけられる。

 問題が分かれば、解決に導ける。少なくとも、それ以上に悪化してコンディションを崩さないようには導けるであろう。指導者として最悪なのは、その問題を理解することなく、あるいは理解しているにも関わらず、放置したままで本当の障害を招いてしまうことである。


 現在、各フィットネス現場においては、ホリスティック・コンディショニングの観点からアプローチするパーソナルトレーナーが増えてきた。スペシャリスト養成の組織的な取り組みも始動し始めている。このような動きにつれて、従来型の 『エクササイズのやり方を指導する』 『運動プログラムを提供する』 といったものに 『ストレッチ』 や 『ほぐし (マッサージ)』 などを加味したパターンから脱皮して、機能障害を改善してエクササイズを行うという、現場で最もニーズの高いシステムに移り変わっていく段階にある。
 ハムストリングスのストレッチひとつを行うにも、骨盤 (寛骨) 機能を考慮して、左右のどちら側に必要なのか、あるいはハムストリングスが抑制弱化しているのは、下部腰椎・仙骨などの構造的な歪みではなく、内蔵機能障害に誘発されたもので、その原因は、足趾を過度に圧迫するシューズにある・・・・などをチェックする。このような根本的な原因に対処することで、早い段階で機能障害から正常な状態に戻し、良好なコンディションが維持される。優れたコンディショナーとは、悪化・故障した状態から早く復帰させるのではなくて、悪化・故障させないためのコンディショニングを行える能力を持つ者である。
 現在、このような対処の出来るコンディショナー達が、注目を浴びている。フィットネス界を牽引する大手グループでは、すでにホリスティックな観点からアプローチする指導カリキュラムが導入されてきている。
 そこで今回は、エクササイズ実施時における、ホリスティック・コンディショニングによるアプローチの一端を紹介したいと思う。


スクワットは両刃の剣
 スクワットは、ベーシック・エクササイズの代表である。それ故、スクワットから得られるトレーニング効果は絶大である。これは、レッグ・エクステンションではもちろんのこと、レッグ・プレスなどでは到底及ばない。スクワットと同等のトレーニング効果をマシーン・エクササイズで得るには、少なくとも4種類以上のマシーンに向かわなくてはならない、とされる。確かにその通りだと思われる。だが、スクワットを行うことで、『腰痛』 や 『膝通』 などの機能障害を生み出すことも少なくない。この運動動作を何ら問題なく行える人は、実は極めて少ないのが実状である。大多数の方は、身体各所の機能低下・機能障害などによって、ベスト・フォームで行っていない。いや、行うことができないでいる。
 ということは、アスリートの場合、スクワットでの多大のトレーニング効果を引き出しながら、一方では自分の身体の歪みなどの問題を助長する可能性も持っていることになる。若い方は回復能力が大きいことから、この問題が看過される傾向にあるが、中高年者では深刻な事態を生じさせるケースも少なくない。スクワットによって、新たな機能障害を招いた実例を幾度も目にしてきた。
 我々は、プログラムからスクワットを削除することは基本的に無い。スクワットを行えるレベルを確保した上で、エクササイズを実施することの必要性を、今一度強調しておきたい。

 では、スクワットを行う上で、問題となりやすい部位を解説していきたい。
  スクワットにおける問題となる箇所
              (今回の部位)

マーク1:手首背屈による全身の筋弱化を招くケース

(解説)
 バーを保持するときの手首のポジションが、全身の筋弱化を誘発する。バーを肩にセットするポジションには注意が払われるが、多くのケースで、この問題は見逃されている。特にハイ・バー・ポジションに多い。一見すると何でもないような手関節が、スクワットの挙上パワーを低下させる要因となる。
 原因は、橈骨と尺骨の間隙が開くことで全身の筋弱化を招くことにある。これは、ショルダー・プレスやベンチ・プレスなどでも同様の問題が起こる。この問題を抱える対象者は、経験上70%以上の人にみられる。

 ショルダー・プレスにおける背屈 

 手首を背屈することで、全身の筋弱化を
 誘発することが頻発する。

(対処例)
 橈骨と尺骨を手首部で近接するように圧迫しながら、他動的に背屈する。
ただし、次のことも考慮する。

□ 手関節に関わる筋群の機能障害の有無をチェックする。在れば、修正する。
□  この場合、対角に位置する足首部にも機能障害が在るか無いかを確認する。

 スクワットにおいても、手首背屈により
 パワー低下を来たすことが多い。



マーク2:足首背屈による全身の筋弱化を招くケース

(解説)
 スクワットでは、ボトム・ポジションに近づくほど足首の背屈が大きくなる。それにつれて、全身の活動筋群に抑制弱化のストレスが加わってくるケースである。本来は強い筋力を保持していながらも、この問題を内包しているために、スクワットでは低くしゃがみ込むほどパワーが失われていくタイプである。
 これによってスクワット本来のトレーニング効果を引き出せない対象者は、経験上70%を越えるものと思われる。つまり、三人のうち二人までは、効果を引き出せるフル・スクワットを行える身体レベルにない、ということでもある。

 足関節の背屈機能障害があると、スクワットでしゃがみ込んだボトム・ポジションの、最もパワーを必要とする運動角度でパワー低下を来たす。そのため、フル・スクワットはおろかパラレル・スクワットも正しく行うことができなくなってしまう。
 スクワットにおける膝関節角度は、常に論議の対象となってきた。 曰く
「スクワットは、(膝関節を90度に曲げる) ハーフ・スクワットで十分である。それ以上膝関節を屈曲する必要は無い。スクワットから得られるトレーニング効果では、ハーフ・スクワットであっても十分にあるのだから、膝を深く曲げるパラレル・スクワットや、ましてやそれ以上に深く曲げるフル・スクワットを行うことは、様々な障害を起こす恐れがあるので、避けたほうが賢明である。」
 このような意見に対して、
「そんなことはない。SAIDの原則からも明らかなように、ハーフ・スクワットとパラレル・スクワットでは、ハムストリングスや大殿筋などの活動レベルが異なるので、股関節伸展筋群をしっかりと稼動させるためにもパラレル・スクワットは行うべきである。」
となる。
 言うまでもなく後者が正論であるが、実際には仙腸関節機能不全の状態で、パラレル・スタイルを強行させることによって、腰椎などが過剰なストレスにさらされる可能性が大きい。ハーフ・スタイルなら、確かにこのリスクは格段に少なくなる。つまり、仙腸関節を含む身体の機能性を確保した対象であれば、パラレル・スクワットで得られる大きなトレーニング効果を生み出せるが、そうではない対象者は、残念ながらスクワットの持つ絶大な恩恵を受けられないばかりか、機能障害を悪化させる可能性がより大きくなってしまうことになる。

 しかし、その原因に気づかないケースが大半である。
 パラレル・スクワットを正しく行おうとしても、筋弱化を来たすので、腰を十分に下げる運動フォームがとりづらくなり、無理して行うと回数を重ねるごとに急激なパワー低下を来たし、フォームを崩す要因となる。そのため骨盤の仙腸関節や腰椎などに過大なストレスをかけることになってしまう。

 足関節背屈が大きくなるほど、
 つまり腰を下げるほど全身の
 パワー低下をもたらしてしまう。
 このケースはひじょうに多くみられる。

 これは、人体における対角の関係から、手首と足首は対応箇所なので、当然前記と同様の手関節の問題と連動して起こる可能性が高い。したがって、一方のみを修正しても、連動連鎖して同様の問題に陥る可能性があるので、注意しなくてはならない。

 この問題に付随して、足首の背屈 (腓骨と脛骨の離解) だけではなくて、足首の底屈 (腓骨と脛骨の近接) も全身の筋に抑制・弱化のストレスを与えることがある。大多数の人が、 このいずれかをもつケースに該当するとして対処すべきであろう (特に前者は非常に多い)。
 後者の典型的な例を挙げる。あるランニング・アスリートで、スピードに乗ってこれから加速しようというときにガクッとパワーが低下して、タイムが伸びずに長期のスランプに陥っている選手が尋ねてきた。各地の医療機関を回ったが、すべて 「異常なし!」 の診断であったという。だが、自分では何か違和感があるので、その原因をチェックできないだろうか、というのである。足根骨や膝を修正して、筋の問題を他動的にチェックしたが、特に異常な箇所は見出せなかった。そこで、カーフ・レイズを行わせて再度チェックすると、筋‐腱移行部にマイナス筋連鎖 (関連筋群の収縮に伴って弱化を示す反応) の兆候が示された。さらに腓骨・脛骨の遠位部の問題が、副腎機能低下とともに顕著に示されており、それらの部位の問題に対処して靭帯の機能性を確保することにより、スランプから抜け出すことができた (数週間後に自己記録を更新した)。

 このことは、カーフ・レイズなどのエクササイズで、なぜセットの後半で急激にパワーが低下するのか、という疑問の答えとなる。
 多くの場合、その疑問さえ抱くことなくカーフ・レイズが行われている。

 カーフ・レイズの底屈写真

 エクササイズで、急激なパワー低下を
 示す場合は要注意


(対処例)
 脛骨と腓骨を足首部で近接するように圧迫しながら、他動的に背屈して関節を固定する。


 スタートダッシュにおける背屈ポジション。

 コンマ以下のタイムを競うスプリンターでは、
 足関節背屈機能障害などが在るとベスト・コンディションでは
 臨めない。


マーク3:仙腸関節のロッキング (又は変位)

(解説)
 大多数の人に、仙腸関節のロッキング (関節の可動性が失われて、正しい仙骨・腸骨の可動性がない状態) がある。そのため、

□ 骨盤周辺筋群の筋弱化が起こり、スクワットでのパワー低下を来たす。
□ 股関節屈曲動作に伴う、仙骨の 『うなずき運動』 『起き上がり運動』 が正しく行えず、
   腰仙部・腰椎に多大なストレスを与えることになる。
□ これに付随して、腰椎など脊椎の神経支配に関わる筋群が弱化する。

などを示す。
 仙腸関節の可動性喪失は、様々な関節や筋群の機能性を低下させる元凶となり得る。仙腸関節は 「可動性のない半関節」 として捉えられることが今だに多いが、わずかであっても正常な可動性を確保しないと、全身に連動する問題を起こしやすい。

 参考までに、仙腸関節の可動性をチェックする 『ストークテスト』 を示す。仙腸関節の仙骨と腸骨の接する関節面は、『上部耳状面』 と 『下部耳状面』 の2箇所ある。これが左右4つの関節面で、屈曲と伸展の動きがある。それぞれの可動性をチェックすると、計8つの正常な動きを確保している人は、実に少ないことが分かる。正常でない可動性とは、

・関節面がひっかかって、可動性が低下している状態。
・関節面が動き過ぎて、安定性が低下している状態。

の2つがある。共にスクワットを行うことで、さらに機能障害を悪化させる可能性がある。当然、パワー発揮能力が低下して、運動効率も悪いので、スクワットに適応できない状況に陥ることになる。
 逆にこの仙腸関節の正常な可動性を確保すると、

・股関節の動きが実に滑らかになる。
・関連する筋群のパワー発揮能力が高まる。
・スクワットでしゃがみ込む股関節屈曲ポジションがとりやすくなる。
・ 何よりも股関節屈曲ポジションでのパワー低下を来たさなくなる。

といったことが、即時に回復する。

 仙腸関節可動性をチェックするストークテスト

 左右4つの関節面で、屈曲・伸展の8つすべての
 動きが正常に可動する人は、 かなり少ないのが
 実情である。


(対処例)
 仙腸関節の可動性を回復することは、極めて重要なことであるが、本稿の趣旨と異なるので、 詳細は省きます。

 仙腸関節の可動性回復の対処例

 写真は神経‐筋アプローチの対処例を示す。


その他クスワットにおける機能障害を誘発する部位について、次回に続く。

                           平成17年10月  矢野 雅知