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ホリスティック・コンディショニングにおける

エクササイズ実施時のアプローチ 3


≪ベンチ・プレス≫

 ベンチ・プレスは、上半身プッシュ系ベーシック・エクササイズの代表である。逞しい上半身を造り上げる効果も大きいことから、アスリートのみならず健康志向の多くの男性は、主要なエクササイズとしている。
 スクワット同様、実施時においては多くの問題を内包するが、スクワットのように体軸を崩して、運動実施によって身体状態を悪化させるというリスクは大きくない。だが、機能障害によりベンチ・プレスでの挙上重量が低下すると
「体調が悪い!」
と多くの人は自己判断する指標になりやすいエクササイズであり、このことが運動へのモチベーション低下を来たすことも多い。ここでは、通常のアスリートのみならず半健常者なども陥りやすい問題点を解説する。

 ベンチ・プレスにおいて筋弱化を招く要因は、「関節機能障害」 「神経‐筋機能障害」 「内臓機能障害」 「メンタル・コンディション低下」などに分類される。

関節機能障害には、次のような問題がある。

□ 肩甲上腕関節の機能障害 (例:上腕骨の骨頭が前方・下方変位)
□ 鎖骨の機能障害 (胸鎖関節・肩鎖関節の変位)
□ 手首背屈による橈骨―尺骨離解による全身の筋弱化 (スクワットと同様の問題)
□ 頚椎の関節機能障害(変位)による、ベンチ・プレスの主働筋群(大胸筋、三角筋、上腕三頭筋)などの筋弱化
□ 顎関節機能障害に関連する筋弱化
□ 背中を反らしてバーを挙上するブリッジ姿勢における、腰椎伸展障害や足関節底屈障害など その他


神経‐筋機能障害には、次のような問題がある。

□ ローテーターカフ(肩回旋筋群)の機能障害による肩関節周囲筋群の弱化
□ 小胸筋過緊張に伴うリンパ循環不全による筋弱化
□ 肩甲帯周囲筋群(菱形筋や前鋸筋など)の機能障害による肩関節筋群の筋弱化
□ 股関節機能障害による対角連鎖に伴う肩関節周囲筋群の筋弱化
□ 鎖骨の正常な働きを制御する鎖骨下筋の機能障害 その他


内臓機能障害/メンタル・コンディション低下には、次のような問題がある。

□ 胃機能障害や肝機能障害に伴う大胸筋弱化 その他
⇒ 胃や肝臓は、経絡(胃経、肝経)の関連で大胸筋に反応することから、各臓器の機能障害が大胸筋弱化を招き、ベンチ・プレスの挙上能力が低下する。
□ 膵臓機能障害に伴う上腕三頭筋弱化で、ベンチ・プレスの挙上能力が低下する。
⇒ わが国では、およそ6人に一人が糖尿病系半健常者であるという。つまり、プッシュ系エクササイズの代表であるベンチ・プレスでも、プル系エクササイズのチンニングなどでも、膵臓にストレスがかかることでパワーが低下してしまうことになる。
□ 肺臓機能障害に伴う三角筋弱化で、ベンチ・プレスの挙上能力が低下する。
□ メンタル・ストレスによる大胸筋弱化
⇒ 精神的なストレスが副腎機能低下を招く。これに伴って骨盤をサポートする筋(縫工筋など)が弱化することで、体軸が崩れてベンチ・プレスでのパワー低下を誘発する。さらにメンタル・ストレスは胃に反応することから、大胸筋弱化に関連する。


 ざっとみただけでも、このようなケースが機能障害を引き起こしている。通常、エクササイズ実施時では、パワー低下を自覚することができず、効率の悪い状態で運動を行っている。このような問題を放置することから、アスリートは競技パフォーマンスの低下を来たし、健常者も機能障害を悪化させることで、半健常者への道を歩むことになってしまう。
 大多数の機能障害は、現場で対処し得る問題である。機能障害では、医療機関で診断を求めることも少ないし、明確な診断名もつけられないケースが大半である。そのため、ホリスティック・ コンディショナーのようなスペシャリストの存在が、現在では強く求められるようになってきた。


 これら全てを詳細に解説することはできないので、ここでは「神経‐筋機能障害による筋弱化」に焦点を当てて、解説する。

1 ローテーターカフ(肩回旋筋群)の機能障害による肩関節周囲筋群の弱化

 ベンチ・プレスで抑制(弱化)の要因となると、このローテーターカフ(肩回旋筋群)の機能障害が非常に多い。肩関節(肩甲上腕関節)にパワーが入るためには、上腕骨頭が肩甲骨関節窩に入り込んで、正常な骨頭運動が起こらなければならない。だが、棘上筋や棘下筋にダメージがあると(多くの人がこの問題を抱えている)、上腕骨頭の正常な機能が失われてしまい、肩に力が入らない。当然、ベンチ・プレスの挙上能力も低下する。
 問題は、なぜ棘上筋や棘下筋などが弱化してしまうのか、ということである。その要因を追っていくと、例えば、「足・足関節の変位に起因する肩関節機能障害」がある。このケースでは、セットの後半で追い込んでくるとき、ブリッジ姿勢で足裏に体重がグーッとかかるときに、急激にパワーが落ちてしまう。思い当たる方が少なくないであろう。




ブリッジ姿勢で急激にパワー低下を来たすのは、中足骨機能障害を疑う必要がある。





2 小胸筋過緊張に伴うリンパ循環不全による筋弱化

 ベンチ・プレスは、上半身の逞しさを造り上げるエクササイズとして、特に男性に好まれる。それ故、拮抗筋エクササイズとの筋アンバランスを生みやすく、大胸筋や小胸筋過緊張に伴う肩甲骨前方上方変位を起こしやすい。それは同時に、小胸筋の下方を走る神経や血管の圧迫だけでなく、大静脈に入り込むリンパ循環不全を招き、そのため多くの筋群を弱化させることになる。

(対処方法)
 小胸筋のストレッチが基本となる。ただし、小胸筋過緊張は下部僧帽筋弱化によって誘発される可能性が大きく、下部僧帽筋弱化は下部胸椎のフィクセーション(関節の固着)によって誘発されるケースが多い。それはまた、横隔膜機能障害に伴う可能性が大きく、その横隔膜機能障害は大腰筋短縮によって誘発されている可能性がある・・・・このように、マイナス筋連鎖・骨連鎖がみられるので、対処ではその原因を断ち切ることが求められる。



小胸筋過緊張に対処するストレッチ






3 肩甲帯周囲筋群(菱形筋や前鋸筋など)の機能障害による肩関節筋群の筋弱化

 大多数の人は、肩甲骨が正常な位置に整っていない(肩甲骨の内旋・上方変位が多い)。その要因は体軸不全にあるが、肩甲帯に関わる筋群の左右バランスが崩れている。
 菱形筋と前鋸筋は拮抗筋であるが、多くの人に左右で逆のアンバランスが在る。一方の菱形筋が短縮して前鋸筋が抑制弱化していると、他方は菱形筋が抑制弱化して前鋸筋が短縮するケースが多い。そのため、肩甲骨位置不全が多く、挙上(上肢伸展)の最終段階での片側筋弱化につながる。このことは、バーを斜めに挙上するトリック・モーションに顕著に示される。

(対処方法)
 肩甲骨が正常なポジションで機能するためには、鎖骨(胸鎖関節)を通して体軸が取れていなくてはならない。骨盤(仙骨)-後頭骨の軸を正常化することが前提となり、それから肩甲帯の筋群を含めた修正となる。肩甲骨の変位には、上腕骨―橈骨・尺骨が関わる肘関節の問題が関連し、それは同時に手関節の問題にまで及んでいる。詳細を述べることはできないので、ここでは肩甲骨の可動性を回復するモビリゼーションの一例を示す。


肩甲帯を片手で保持して、他方手で肩甲骨回旋する。






4 股関節機能障害による対角連鎖に伴う肩関節周囲筋群の筋弱化

 肩関節の対応部位は対角の股関節であり、そのため股関節機能障害が在ると、その影響で肩関節機能障害を起こしやすく、ベンチ・プレスでの弱化を誘発する。このことは、股関節―膝―足関節に連動して、対角の肩―肘―手関節の機能障害を誘発する。
 また、骨盤帯筋群は頚椎筋群に反応する。そのため頚椎の歪みが神経根にストレスを与えて、そのため肩甲帯を含めた上肢の筋群の弱化を誘発する。この問題はかなり多くみられる。

(対処の一例)
 ベンチ・プレスでの筋弱化をもたらす最も多い下部頚椎の変位に対して、整体ストレッチによる対処方法を示す。
 拇指腹で第7頚椎棘突起を固定する。クライアントの肩及び頭部を、自分の肩―腕で固定して、わずかに(ほんの数センチ)頚部を他動的に屈曲することで、頚椎に関わる小さな筋(回旋筋、棘間筋など)をストレッチして、頚椎の筋群を整えることができる。



頚椎を整えるストレッチ







5 鎖骨の正常な働きを制御する鎖骨下筋の機能障害

 鎖骨下筋は肩甲骨を安定固定させる筋であるが、この筋の機能障害が在ると、鎖骨が安定せず、プレス系エクササイズでのパワー低下を招いてしまう。
 オーバーヘッド・プレスなどのエクササイズでは、多くの人がこの問題から正しいフォームで行えない状態にある。ベンチ・プレスも含めて、通常は大多数の人がこの機能障害を見逃されている。


ショルダー・プレス

このエクササイズは、鎖骨下筋弱化により挙上制限を受けやすい。






註:筋の固有受容器機能障害への対処は、専門的になりすぎるので詳細は略。

平成17年12月 執筆 矢野 雅知