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コラム12
医師とコンディショニングの狭間
私は、およそ20年間、高齢者を含む一般市民の体力相談事業に携わってきた。それは―――
健康人やアスリートの指導は、高齢者指導に比べると断然面白い。ともすれば、ハードに追い込むアスリート指導に偏りがちな自分を、高齢者に対処することで、対極の指導バランスをとる必要がある、と感じていたからである。実際、高齢者の健康相談・体力チェックなどを通じて、筋力テストすら行うことが困難なケースもあり、安易に自分の感覚で相手に対処できないことを、幾度も思い知らされた経験があった。
体力相談は、一般市民の健康や体力づくりについてアドバイスするものであるが、この20年間で一緒にアドバイスを行う医師(整形外科あるいは内科の医師)で、クライアントの身体に触れて診断しようとするケースは、きわめて少なかった。
例えば、変形性膝関節症の高齢者がアドバイスを求めてやってくると、
「なぜ、膝にストレスがかかるのか?」
「どの角度までならエクササイズを有効に行えるのか?」
「自分で行える強化エクササイズや、行うべきストレッチは何か」
などを、相談員はアドバイスする。
だが、医師と連携して行う場合、診断を下す医師の
「この程度の運動なら実施可能である」
「この角度では、この姿勢では、膝に過度なストレスがかかるので好ましくない」
などの判断が要る。 少なくとも、
「歩く程度なら良いが、階段を昇る(あるいは降りる)動作は、少し控えたほうがよい」
といったアドバイスがあれば、私は具体的な運動処方を行えることになる。が、相談事業に携わっていた多くの医師(交代制)は、次のように言っていた。
「画像がないと判らないので、(スキャンやMRIなどの)画像を撮って、それを持ってきなさい。」
確かに、正確に診断なり判断を下すには、客観的な画像などが必要であることは理解されるが、多くの場合、医師はクライアントの話を聞くが、整形外科的なチェックはおろか、実際に触診することはほとんどなく、問診に終始することが大半であった。
少なくとも私が相談員としてアドバイスに立ち会ったケースでは、私と一緒に身体に触れて協力して行った医師は、20年に及ぶ健康体力相談員の現場では、たった一人であった。その方は、父親が医院を開業しており、操体法を併用しているとかで、私がPNFを用いることに興味を示して、「勉強したい」と言ってくれたからであった。
このような体験や、アスリートのリハビリなどを通しての経験から、
●具体的なエクササイズも含めて、アドバイスする医師
●(具体的なエクササイズをアドバイスすることはできないが、運動は必要だと思うので)運動の実施を視野に入れて、アドバイスする医師
●(問診や画像診断だけで)クスリでの処方のみの医師
に大別できるように思われる。
言うまでもないが、保険点数の関係もあって、『3~5分間診療』の実態では、具体的なエクササイズなど、きめ細かなアドバイスは行なえない状況が背景にあろう。だが、エクササイズのアドバイスまで言及しようとすると、より問題箇所を詳細に分析する必要があり、なぜそのような問題を起こしているかを明確にする必要が生じるので、単なるクスリだけの処方では終わらなくなる。
そして何よりも、エクササイズの具体的な処方については、一部の医師を除き、大半の方が専門外である。それ故、筋アプローチでの具体的なバランス・コンディショニングは、具体的な指摘を行なう時間的な余裕がないこともあろうが、運動指導の現場指導者に任せているのが実情となろう。
テレビに有名な医師が登場して、医師の立場からアドバイスをする場面に遭遇することがある。だが、それが運動指導の観点に言及されると、首を傾げたくなるような発現が飛び出すことがある。様々な文献などを参考にして述べているのであろうが、自身が実践していないようなことは、実学として身についておらず、診方が偏ってしまうからであろう。
このような実態があるからこそ、われわれ運動指導の現場にたずさわる者は、その専門性を高める必要があると、改めて思いを強くさせられる。
現在、保険点数の見直しが行われて、今までの整形外科でのリハビリテーションの保険点数への制限が強化された。簡単に言えば、リハビリの分野で医院を経営していくことは、大半のケースで困難になってくる、ということである。医療費が国家財政を圧迫し続けている現状においては、今後もこのような流れは続くであろう。
それ故―――
フィットネス施設での個人指導のニーズは、今まで以上に高まることになる。全額実費で気の沈滞化したリハビリ施設で指導を受けることよりも、元気溌剌とした気の良好なスポーツクラブなどで、パーソナル指導を受けていこうという傾向は、確実に高まっていくであろう。
だからこそ―――
体軸を整え、生体エネルギーの正常な流れを回復してやれるように、適切な技術力を高めるだけでなく、正常な気を発散して爽快感を与えられるように、われわれ自身の体調を整えておくことが大切なのである。
もう一つ、画像診断と機能性について述べておきたい。
医師はMRIやスキャンなど現代科学の最先端機器を駆使して診断を下す。昔では考えられなかったような、詳細な問題箇所を探し出してくれる。日本の医療は、世界の先端を行っているという話しを聞く。
その一方で、医療機器が不足して、昔ながらの聴音器を胸に当てて診るような、後進国に送り込まれてくる日本人医師は、現場でまったく通用しない、という話も伝わってくる。諸設備が揃っている日本では、全て診断機器に頼りきってしまい、聴診器で身体の異常個所を把握する、基本技術が身についていないからである。
韓国ドラマで、驚異的な視聴率をあげた『チャングムの誓い』(女性は位の高い男性の身体に触れることは絶対的タブーとされた時代に、王の医女にまで上り詰めた実在の女性がモデル)を観ていて、常に考えさせられる(この長編ドラマは、一度見ると必ずはまる!)。
医女チャングムは、手首のとう骨動脈の脈診で、様々な症状を診断し、適切な鍼灸・漢方薬を処方する。むろん顔の表情やその他、様々な状況を診て判断を下すのであるが、このドラマはともすれば神経‐筋アプローチと関節アプローチに終始しがちなわれわれに警鐘を与えてくれる。
私は、塩に反応する多くの方を診てきた。その場合、様々な物質に複合して反応しているケースが多いが、それが何故なのか、どう対処すべきなのかなど、医女チャングムの姿勢を通して、ケア・コンディショニングを学ばせていただいたと思っている。
話を戻そう。
カイロプラクティックの数多くのテクニックの中で、『ガンステッド・テクニック』がある。これはレントゲンの画像に基づいて、典型的な高速スラストを用いるので、未熟なテクニックによって、最も多くの医療事故を起こすといわれる。だが、習熟すると鮮やかに回復させられるテクニックでもある。レントゲン画像にラインを引いて、椎簡関節などの角度を求めるので、「合理性の高いテクニックだな」との印象があった。
ドクター・ガンステッドの元には、全米から患者が集まってきたというが、その真髄は
変位した椎骨をアジャストするのではない―――
ということである。
コンディショナーから治療家も含めて、その多くは変位やフィクセーションなど、問題となる箇所をチェックして、その部位を修正・調整する。だが、最もキーとなる椎骨にアプローチするということは、必ずしも『サブラクセーション(変位)』
や『フィクセーション(関節の固着)』の部位ではない。それでいて、全身隅々までその調整効果が及ぶ部位である。
私自身はこの部位を見出すのに10秒もかからないが、どうやったら反応させられるかは、具体的な説明ができないでいる。あえていえば、機能している部位と機能していない部位と説明される。機能性でみれば、その相違が判断されるのである。
このことは、
最新鋭の医療診断機器に頼り切っている医師は、本質を感知・分析する能力が養われておらず、機能しているか機能していないかの明確な判断が下せないのではないか、との漠たる思いにつながってくる。
例えば、腰椎椎間板ヘルニアの症状は、MRIなどの縦断画像では多くの方に認められるという。だが、その中でまったくの無症状の人もいれば、ヘルニアの痛み・痺れなどの症状を訴える人もいる。同様に、
腰が痛くなったのでスキャンを撮ったところ、典型的な腰椎分離症と診断されるケースも少なくない。だが、その多くは発育期のオーバーロードに起因する可能性が高く、腰背部の筋バランスや軟部組織へのダメージがそれを誘発する、ともいわれる。
つまり、
前述した「画像診断しなければ解らないので、まずそれを撮ってから来てください」などのアプローチで終始している限り、その機能性からの評価する能力は養われないのではないかと思われる。椎間板ヘルニアや腰椎分離が画像診断で明確にキャッチされたとしても、脊髄神経の圧迫程度では「まったく問題を示さない」
「日常生活には何ら問題はない」人のほうが、多い。他の要因――例えば腸骨の回旋などが伴ったときに、違和感が生じる可能性が大きくなるのであり、単に腰部だけの画像から診断を下すことは、その言葉のメンタルストレスが、痛みを誘発してしまう可能性すらある。
私は、次のような体験をしている。
ある学生プレーヤーが、練習に参加することもなく、数ヶ月が経過していた。そのことを聞き及んでいない私が、トレーニングを指導した。彼女は
「腰椎の椎間板ヘルニアで、運動は止められている」
という。チェックすると、一部にその症状は認められたが、立位での対処で、すぐに正常化する。
「これで、痛みのある角度は?」
と動きをみると、
「ここまで曲げると、ここが痛いです」
という。だが、反応はない。おかしいので、メンタルと対応させると、陽性反応を示す。つまり、メンタル・ストレスによる腰痛である。
「問題ないから、やりなさい!」
といって、スクワットをやらせた。他の種目も行わせた。追い込む種目では、必死の形相で叫び声を上げながら、やっていた。他の選手と同じように・・・。
その後で関係者が教えてくれた。
「彼女は、椎間板ヘルニアと診断されて、運動は無理とアドバイスされたのです。その後、郷里の有名な治療家に、これを治せるのは私しかいない、と強く洗脳されたようで、夏休みも練習に参加せずに郷里に帰ったままでした。夏休み後に戻ってきましたが、まったく回復しておらず、練習も一切拒否したままの状態が続いていたのです・・・」
機能しているか否かがチェックできれば、自信をもって指導できる(と思う)。このようなケースは少なくない。「医者に、「あなたのこの病気は絶対に治らない!」と、断言された方がいた。だが、そのメンタル・バリヤーを外すだけでも回復に向かい、今では正常な生活を送っている。
運動指導の現場におけるコンディショニングは、われわれの専門分野である。その専門性を高めることが、コンディショナーとしての資質を高めることであり、スポーツ現場・フィットネス現場での確固たる地位を築き上げることでもある。
あらためて、五感を研ぎ澄まして、相手の身体から発するメッセージを第六感も含めて感知できるようにしなくてはと、心から願っている。
平成18年10月 矢野 雅知