JHCA会員専用ページTOPへ戻る
ソフトギムによるセルフ・ジョイント・コンディショニング1
(ホリスティック・コンディショナーのアプローチ例)
※月刊誌 「コーチングクリニック」 に3回にわたって連載したソフトギムの原稿です。
この内容は、自分のためだけでなく、クライアントを指導するときにも大きく役立つと考えられますので、ここに掲載して会員の方々のお役に立てて頂きたいと思います。※
アスリートにみる混迷
女子マラソンの高橋尚子選手が、昨年のオリンピック選考レースで、よもやの失速をして敗れたとの報を耳にしたのは、セミナーの開講中であった。即座に「恐らく・・・何らかの抑制があり、本人の自覚のないままに力が抜けてしまい、反射的な過剰緊張のマイナス連鎖をも生じていったのであろう」との独断の見解を展開した。その後、テレビ等でスポーツ医科学の専門家の談話も含めて、その多くが「エネルギーの枯渇」と解説していた。小出監督も試合直後の談話で「私の責任。3日前の食事コントロールを誤った」と述べていた。だが、幾度もレースに合わせてピーク・コンディショニングを行ってきた卓越した経験が、そのような初歩的な間違いをするとは考えにくい。
彼女はそれ以前のレースを、練習による疲労骨折で棄権している。疲労骨折を起こすストレスをもたらしたメジャー・ポイントは、疲労骨折を起こした部位ではなく、別の部位に問題があり、その箇所の機能異常から開放されておらず、その結果、足・脚への衝撃頻度の大きな彼女のピッチ走法が、筋の抑制・弱化という敗因を導いた、というのがホリスティック・コンデョショニングからみた見解である。
間違っているかも知れない。しかし、本人の自覚のないまま試合で筋抑制・弱化を来たして敗れ去ったアスリートは、我々が確認しただけでも予想を超えて多いことだけは、確かなことである。ただ、それに気づいていないだけなのである。
気がつかない身体の抑制(弱化)反応
筋が抑制・弱化するといわれても理解できない方も少なくないであろう。試みに、O(オー)リングテストを用いて、次のような検査を行なっていただきたい。
呼吸による抑制テスト
ホリスティック・コンディショニングの機能チェックでは、一般に用いられる拇指と人差指でのオオムラテスト(大村博士のOリングテストの研究に基づくテスト)と異なり、拇指と小指で円を作るOリングテストを用いる。なぜ拇指と小指なのかというと、理由は簡単。スポーツ運動現場での実用性が高いからである。
鼻から息を吸いながらOリングテストを行う(指力を確認する)。次に、口から息を吸いながらOリングテストを行う。明らかに筋が弱化するのを、多くの方が確認できるだろう。(写真1)
(写真1)
運動時は、呼気よりも吸気の方が筋出力は小さい。といっても、その差はわずかである。だが、正常筋の筋出力が、口からの吸気で明らかな弱化を示すのは、身体全体に及ぶ抑制反応が在るということである。アスリートは口を開けて呼吸をするので、しっかりと対処しないと競技パフォーマンスの低下に直結する。
ここで示したテストでの筋弱化は、専門知識のある方なら環椎及び下部頚椎の神経根圧迫の可能性を指摘するかもしれない。だが指力だけでなく、どの筋であってもわずかにパワーが落ちていることがチェックされよう。通常時のトレーニングや試合を終えた後に、正常なハムストリングスの筋力レベルを検査すると、大きく抑制されて弱化した筋に、愕然となるであろう。息遣いが荒くなる運動時では、この知られざる抑制反応が、全身の筋群に及んでいるのを自覚することは、ほとんどないと思われる。42キロを走り抜くマラソンでは、わずかな機能異常部位が時間の経過とともに増幅され、呼吸に合わせて微小な動きをもつ頭蓋骨の縫合にまで、知られざる問題が及んでくる。そのようなマイナス連動連鎖が、足から頭蓋の全身に及び疲労骨折さえ招くことを考えれば、常に問題箇所を修正しなくてはならない必要性を痛感するだろう。
筋弱化の修正なくして、ベスト・コンディションは得られない
アスリートのコンディショニングを管理するコンディショニングトレーナーは、試合でピーク・パフォーマンスを発揮させるためには、日々のコンディショニングにおいて最良の状態でエクササイズが行われなければ、最善の結果は望めないことを知っている。それ故に、運動方法やプログラムを指示するだけの指導では、ベスト・コンディションには到達できないことにも気づいているはずである。一例を挙げよう。
一方の股関節の大腿部骨頭に可動制限があれば、重要なベーシック・エクササイズであるスクワットを、左右均等にバランスをとって行うことが困難となる。ボトム・ポジションで骨盤が回旋し、ニー・ポジションの左右の高さが異なってしまう。この運動フォームでスクワットを行っていれば、腰痛、膝痛など、場合によってはスクワットを行うことでさらに問題が拡大し、一部の筋弱化が対側筋などの過剰緊張を生み出し、スポーツ・パフォーマンスを狂わしていく要因にもなってしまう。だが、多くのケースでその重要な問題点は見逃されてきた。
ホリスティック・コンディショナーであれば、運動姿勢やフォームから関節機能障害を見出し、抜本的な問題点を解消することになろうが、従来の指導パターンでアドバイスを行っている状況では、恐らくこのような問題を解消できないと思われる。では、どうすればよいのか。
ホリスティックな見地からメジャー・ポイントを見出せる指導者に相談するのがよい。だが、多くの方がそのような状況にないと思われる。このシリーズでは、自分の身体の抑制パターンを知ることによって、足・足関節から頚椎に到るまで、関節の機能障害を比較的容易に自分自身でも解消できるようにする方法を紹介する。
まず足・足関節―膝の抑制パターンをチェックする
足根骨の問題から膝関節の内側や外側に機能障害を示すのは、アスリートの90%以上にあると我々は考えている。膝の問題を膝自体に原因を求めて、「トー・イン」「トー・アウト」などのチェックで判断するのは早計である。股関節からのストレスや脛骨・腓骨のねじれ、膝蓋骨の問題もあるが、まず足根骨の問題が膝に連動して機能障害を示していることを前提にして対処しなくてはならない(同時に、後脛骨筋などもチェックする)。それほどに足根骨からの問題が多いのである。しかもそのほとんどで、自覚症状がない。
「膝の骨間がつまっている。主因は、足関節のこの骨のズレが・・・・」と説明しても、当初は直には信じられない方が少なくないが、実際に筋が弱化することを示し、しかもその問題が、「膝関節」
「骨盤」 さらには 「頭蓋骨」 にまで及んでいることを身をもって体験すると、多くの方が愕然となる。
さて、ホリスティック・コンディショナーであれば、瞬時に 『立方骨』 なり 『距骨』 なりから膝関節の機能異常の要因を見出して修正するであろうが、誰もが簡単にできるわけではない。といって通常の医療機関で画像診断などをしたところで、ほとんどの場合、微妙な骨の不整列に気づいて相応の対処をしてくれることはないと思われる。仮に行ったとしても、指導現場で直ちに対処できなくては、実用性がない。
まず、正常と考えられる筋の弱化をチェックしよう。(写真2)
膝関節の問題では、腹臥位でのハムストリングスの筋力テストがよい。膝関節を120度ぐらいに屈曲したポジションで、骨盤もしくは大腿部を固定して足首を持つ。ここでアイソメトリックな抵抗から少しネガティブ(エクセントリックス)の抵抗に切り替えて筋の弱化をみる。
2秒もあれば判るだろう。
(写真2)
この場合、ハムストリングスの弱化の主因には
□ 前方腸骨(骨盤の一方の腸骨が前方に傾く)による抑制反射
□ 膝関節の機能不全に伴う抑制反射
の2つが想定される(仙骨、後脛骨筋その他の問題は除く)。前者は手の抵抗感から、訓練すれば瞬時に判断されるものであるが、慣れないと最初は判断が難しいと思われる。だが後者は、誰もが力が抜けることを感知できる。両脚とも抑制がなく、弱化しない人のほうが少ないといえる。それほどに、本人に自覚はなくとも抑制反射を持つ人が多いことに驚かされるであろう。
参考までに述べておくと、神経-筋に関わる経絡機能の異常から、力が抜けるべきときに力が抜けず、力が入らねばならないときに抑制・弱化を示すタイプの人が、予想を超えて多い。このケースでは、運動フォームの乱れ-スランプへと転落していくリスクが大きい。
ソフトギム(チビボール)の活用
さて、このテストで明らかな筋弱化が見出された場合、「 足根骨の不正―膝関節部の不正 」 があると推定されるので、ソフトギムもしくはエアーを大幅に抜いたバランスボールを用いて問題点を修正するのである。
骨格に関する関節へのアプローチは、カイロプラクティックやオステオパシーあるいは各種整体など多彩であるが、その多くが他動的な手技によって行われる。ここでは自動運動――すなわち選手やクライアント自身による筋収縮で修正するものであり、その自動運動は常にバックプレッシャーを伴い、筋などの固有受容器を刺激することが特徴となる。
ソフトギムは、価格も安いし小さいので場所をとらず、持ち運びに便利であるだけでなく、利用方法によって多大な効果を引き出せる小道具のひとつである。そのため、パーソナルトレーナーの中にはバランスボールなどと併用して指導に導入している方も少なくないであろう。
~実施方法~
筋弱化側の足をソフトギムの上に載せて、足首―膝関節のバランスをとり、ゆっくりと足裏全体に圧をかけながらスクワット(自体重負荷)を3回程度行う。(写真3)
(写真3) 足裏全体と膝関節への軸圧がカギ
このとき、身体を持ち上げるのに「足裏に垂直圧を常にかける」 「膝関節を下方に圧をかけながら伸展する」 という意識が重要で、この点は選手・クライアントに学習させることが大切である。実は、この意識付けにより、股関節のアンバランスもかなり修正できることが解っている。
正確な自動運動での動きが会得できれば、指導者が修正しなくても選手やクライアント自身で修正することが可能となる。再度レッグ・カールでの筋テストを行うことで、正常な関節機能を回復したことを確認できる。つまり、抑制されていた筋が促通されて、本来のパワー発揮能力が回復するからである。
たったこれだけ?・・・と通常は思われるであろう。この簡単な足・足関節―膝関節に軸圧を加えながら行う自動運動によるアプローチで、自覚症状はなくとも、多くの選手・クライアントに存在する関節機能障害から脱却することができる。
股関節まで修正するには、ソフトギムを2つ用意して、両足を均等にその上に載せることで行えばよい。(写真4) この場合、バランスディスクを利用できると行いやすい。(写真5)
(写真4)
(写真5)
次回に続く。
2004年 執筆 矢野 雅知